衆議院厚生労働委員会 ()

谷畑委員 日本維新の会の谷畑でございます。

まず、三井大臣、御就任本当におめでとうございます。三井大臣とは、思い出せば、安倍総理のときに私が厚生労働の筆頭理事で、三井先生と毎日のように打ち合わせをして、いつ委員会を開くか、こういうことでありました。

当時、民主党は、衆議院解散を前にして、政権を一回かえたらという、エネルギッシュで盛り上がっておったときでありました。今、長妻委員長、あの年金記 録の問題から、失った記録、こういうことでこの厚生労働はもう沸きに沸いて、私どもは徹底的に攻められたわけであります。

そういう状況の中で、安倍総理が終わり、そして二人の総理大臣を経て、麻生総理大臣によって解散をしたわけですけれども、大変な期待の中で解散をされて今日を迎えた、こういうふうに思います。

私は、そういう意味では、そのころの三井さんと一緒に、やはり議会というのは野党のためにある、こういうことで先輩に教えていただき、私も、もう本当に 足を運んでは、二人で協議をして、そして審議をして、一緒にやってきた、こういうように、今、大臣の顔を見て、そのころのことを思い出すわけであります。

それで、大臣、この内閣がいつまで続くか、これは野田総理の腹一つだと思いますけれども、いずれにしても、歴史に残る大臣として思い切った仕事をしていただきたい。いいスタッフもたくさんおられます。

政務官も、池田に住まれて、私は池田出身で、箕面の病院というのも、これも私の庭でございましたけれども、こうして頑張っておられて、皆本当に懐かしい方ばかりがおられます。

それでは、次に、これまた大臣にひとつ聞きながら、感想があれば、また政務官含めて、副大臣含めて聞いていただきたいなと思うんです。

私も、国会議員二十年を超えていく中で振り返ってみますと、私が参議院のころに、長い間の政権であった自由民主党が下野をして、そして細川内閣ができるという、そのときに私、予算委員会におりまして、この内閣をずっと見ておりました。

そのころの世界は、ドイツではベルリンの壁がとれまして、東西が統合していくという時代でもありましたし、ソ連が崩壊する時代でもありました。非常に大 きな時代の流れの、そういう状況の中で細川政権が誕生して、その状況を見てまいりました。しかし、そのときの政権も短命に終わったわけですけれども。

今回の民主党の政権の、一回政権をかえたらというのは、そういう意味では、本格的な政権移行であったのではないか。

私は、自由民主党でありましたけれども、選挙を戦いながら、敵ながら、やはり一回政権をかえるということも非常に大事じゃないか。そうして、多くの皆さ んの意気込みを感じました。私どもも政治家として、非常に反省点というか、問題点というのを持ちながらの選挙でございました。だから、いわゆる戦略会議で あったり、仕分けであったり、非常に斬新なことを感じました。しかも、マニフェストということであって。

しかし、わずか三年で、もう今や選挙すれば百議席を切るんじゃないかというようなことが報じられて、わずか三年ですよ、あれだけ期待されたのが。私、本当にこれは大変なことだな。

そこで、私が申し上げたいのは、次、来年の夏に解散があるのか、ことしにあるのか、それはわかりません、しかし、いずれにしたって、来年夏には我々の任期が来るわけです。

その中で、次の選挙の中で、また今、自由民主党が政権につくのではないか、こう言われています。しかし、私は、民主党のこの三年間の政権を、いろいろな 意味で、議員が党派を超えて、やはり何であったのかということをお互いがきちっと総括をしていかないと、日本の社会というのは本当にだめになってしまうん じゃないか。一番悪いのが政治だ、こう言われておるわけですから。だから、私は、この三年間の総括は非常に大事じゃないか、次の政権が誰になったとしても と思うんですね。

そこで、私も約十五年間、五回にわたって自由民主党の衆議院議員として活躍の場をいただきました。本当に私も、自由民主党を含めて、私を支えていただい た皆さんにも非常に心から感謝をしています。そして、今回、維新の会ということで参画することになりました。それは、私自身は、戦後六十七年の中で、やは り日本の政治システム、結局は民主党が、政権が潰れていくというのか、今これだけの支持率が低いというのも、大きな根本的な問題がやはりあるのではない か、それは六十七年間のシステムの大きな変革を我々がやらなきゃならぬのじゃないか、そういうことで、維新の会に参画をさせてもらったわけであります。

そういうことを申し上げて、質問に入るんですけれども、しゃべりにくいかもわかりませんけれども、三年間における感想なり、もしもそれがあれば語っていただきたいと思います。なければ、また次に入りたい、こう思います。

三井国務大臣 当時が大変懐かしく思い出されます。谷畑先生は当時は与党の筆頭で、私は野党の筆頭でございました。あれはたしか社会保険庁改革のときでございましたけれども、本当に大変御無礼があったかと思いますけれども、お許しをいただきたいと思います。

今の感想につきましては、私からあえて申し上げることはできませんが、とにかく、冒頭に先生から御発言がありましたように、厚生労働大臣を拝命いたしましたので、しっかりと厚生労働行政に取り組んでまいりたい、このように思っております。

またいずれかの機会に先生といろいろなお話ができることを楽しみにしております。ありがとうございます。

谷畑委員 どうもありがとうございました。ぜひ体に留意されて、しっかりとまた頑張っていただきたいということを申し上げます。

さて、iPS細胞の問題について質問いたします。

山中伸弥教授、神戸大学の御卒業であり、京都大学の先生であり、ちょうど私の選挙区の八尾の隣町が東大阪というんですけれども、この東大阪のミシンの部 品をつくっているもう本当にいわゆる中小企業の息子さんとしてこの山中先生が育てられて、そして今日のように生理学・医学賞のノーベル賞を受賞した。そう いう意味では、中小企業の息子でしたということで、非常に私ども親しみを実は感じます。

そして、この山中教授がこんなうれしいことを言っていますね、国の支援がなければ受賞できなかった、日本という国が受賞したんだと。うれしいことを言ってくれます。

これはやはり日本国家としても、このiPSという細胞ができるということは、いかにして医学、もちろん難病等に対しても治っていく道筋ができていくだろ うし、しかも臓器移植、臓器移植というのはこれは基本的には人の死を待つということにもつながりかねない、そういう意味では、自分の細胞から再生医療に よって臓器を再生させていくという、これは本当にすばらしい状況のことだと思うんですね。

それについて、まず大臣に、今回の受賞は、こういう医療とか機器とかあるいは薬だとか、そういうところに大きな展望が開けるような、そういう受賞であったと思いますので、大臣のそれに対する決意というのか感想を一言いただきましょう。

三井国務大臣 先生のお隣ということで、山中教授は御実家がたしかミシン会社の下請の会社でございましたか、そこから大変優秀な、画期的なiPSをつくられた先生がお出になったということ、本当に私たちも、山中先生に対しては、心から祝意とまた敬意を表したいと思っております。

山中先生の言葉で、たくさん今お話がございましたけれども、私も、印象的な言葉は、希望を捨てずにという言葉が大変印象的に残っておりまして、再生医 療、そしてまた難病の解決、それからまた創薬と、まさに画期的なことだと思いますので、そういう中で、私も本当に、この日本の、誇れる、まさに研究水準の 高さを世界に示したものであると考えておりますし、同じ日本人といたしまして、本当に、大変誇りに思うとともに、多くの若者たちに大変夢と希望を与えた、 こういうぐあいに思っております。

いずれにしましても、これからが、再生医療の実用化に向けて、先ほども御答弁させていただいておりますけれども、倫理面、安全面の課題に留意しながら、 より一層の取り組みを進めて、前へと進めていただきたいと思っておりますし、また、iPS細胞を用いた創薬についても重点的な支援をしてまいりたい、こう いうぐあいに考えているところでございます。

いずれにしましても、一刻も早く実現されることを、私たちとしても支援してまいりたい、こういうふうに思っております。

谷畑委員 三井大臣の方から、iPS細胞の持っている可能性に対して、それをいかにして実用化していくか、そういう決意が語られました。

それで、少し本論に入っていきますと、医政局長にちょっとお聞きをいたします。

政府は、この十月二十六日に、予備費四千億円、そのうち事業費が七千五百億円あるわけですが、それを活用して緊急経済対策を発表したわけでございます。 その中で、iPS細胞による再生医療をはじめ世界トップレベルの研究開発の推進、そういうことで、iPS細胞を活用した再生医療の臨床研究の加速に二十億 円、iPS細胞等の臨床研究の安全基盤緊急整備に十億円、そして、創薬支援ネットワーク等の緊急整備に八億円、合わせて三十八億円を計上した。

今回の、この緊急経済対策の中でこれだけの額を投入した。これもノーベル賞効果だと思うんですけれども、これについて、まず、初めからそういう形で、初 陣ということでこれを使われるんですけれども、このことに対する効果と、それから、どういうような状況がまた経済に対しても、緊急経済対策ですから、少し どういう効果が出てくるのか、そこらがもしもありましたら、医政局の方で、予算を計上したところの背景と、そういうことをちょっと教えていただきたい。

原(徳)政府参考人 お答え申し上げます。

先生御指摘の点でございますけれども、今回の予備費につきましては、iPS細胞等の臨床研究の安全性基盤緊急整備としての十億円を予備費としては計上させていただいているところでございます。

具体的には、この十億円の中で、移植に用いたヒトの幹細胞、これを長期間保管をしておく。再生医療というのはどういうことが起こるかわからない分野もあ りますので、長期間保存した後、移植から相当時間が経過した後に何かが起こったりとか、あるいは何かが起こらなくても構わないわけですけれども、そのとき に、その保存しておいた移植に用いた幹細胞について、いろいろさかのぼって安全性の確認等ができるような、アーカイブ事業と言っておりますが、前倒しでそ ういう整備をしていこうとしているものでございます。

これにつきましては、具体的には、例えば保存用の冷凍機器でありますとか、あるいは検査用のシークエンサーでありますとか、そのような機器についての整備を考えておりまして、関連する検査機器等の産業の振興に少しは役に立つというふうに考えているところでございます。

谷畑委員 これと関連をするんですけれども、技術総括審議官にお聞きします。

これもこの間の本会議で、野田総理の所信表明の中でも出ておりましたけれども、医療イノベーションということで五カ年戦略ということで立てられて、これ から医療における経済の成長戦略を推し進めていく、そういうように言われているわけでありますけれども、この五カ年戦略ということについて、解説なり、 持っている意味を少しお聞きをしたい、こう思います。技術総括審議官、お願いいたします。

櫻井副大臣 先生御案内のとおり、今までですと、例えば基礎研究がありまして、その後、これは大体、主に大学とかそ れからナショナルセンターでやっておりました。今度その技術を製品化していく中で、まず、官民の連携があって、そして次に民間企業が独自で開発し、そして 臨床の治験になって、最終的にはPMDAの認可、大体、こういった一連の流れをとっているわけでございます。

その中で、また、これまでは、日本の場合には研究者というのは、基礎研究には力を入れておりますが、これを商品化していこうという意識が非常に低かった と言っても過言ではないんだと思っています。そういう意味で、死の谷と言われているんですが、官と民とが連携していく、それからそれを民が持っていく、こ ういったところについて強化をしていきたいということです。

その中で一番必要なことは何かというと、目ききでして、目ききが必要なんですね。今までも実は物質は見つけられているんですけれども、こういった見つけられた物質を海外の企業が持っていって、抗がん剤にして発売している、こういう実例もございます。

そこで、何とかこの死の谷の部分を埋めたいということで、ネットワークを図っていきたいという、こういった取り組みを今させていただいているところでございます。

さらに、最終的にはPMDAの認可になっていくわけですが、ここのPMDAのところも、これまでは、創薬の部分についてはある程度プロトコールも確立 し、認可体制もでき上がってまいりましたが、医療機械の部分がまだまだ不十分である。それから再生医療については、どういう形で認可していくのかというこ とがまだでき上がってきておりませんので、こういったプログラムのことについてもきちんと手当てをしていきたいというふうに思っております。

例えば、ちょっと具体的な例を申し上げますと、京都大学でAKプロジェクトというのが今行われているんですが、これはアステラス製薬と京都大学が一緒に なって創薬をやってきておりますが、これは今までと違って、研究をするということではなくて、最終ゴールは新しい薬をつくっていくという意識を持ってやっ ていって、かなり進んできていて、この成功例を見て、実は、ほかの武田薬品を初めとする三社が京都大学と連携してやることを進めてきております。

それからCKプロジェクトというのもございまして、これはキヤノンと京都大学が組んで、やはり同じようなことをやっているんです。

ですから、こういった先進的な取り組みで非常にうまくいっているものがあるものですから、そういったことを今度はナショナルセンターでも行っていきた い、そういったことに対して、四百十一億円、今予算要求をさせていただいていて、これを何とか日本の再生の切り札の一つにさせていただきたいということで 取り組ませていただいているところでございます。

谷畑委員 櫻井副大臣の、非常に専門的で、しかも説得力のあるお話をいただいて、安心をするわけであります。

私どももいつも思うんですけれども、私も年に一回胃カメラをのみに行くわけですけれども、それでいつも安心をしたりするわけですけれども、もともと、胃 カメラも日本人がつくり上げた。それと、日本の今日のこういう、レンズであるとかこういう機械というのか、精密機械をつくるのも非常に得意なジャンルだ し、にもかかわらず、なぜ医療機器がもっと日本製品として世界に輸出、圧倒的に日本が勝っていく、そういう話は余り聞かない。逆に、まだ輸入を日本がして いるというような話を聞く。だから、それは一体どこに問題があるのかなと、いつもそう思うんです。

それともう一つ、なぜそう思うかというと、もともと大阪というのは、パナソニック、松下含めて家電で大きく景気を引っ張っていったというか豊かにしたと 思うんですね。それから次は、自動車含めて日本の得意ジャンルであった。残念ながら、家電も、今やパナソニックもシャープもがたがたになって、大量の失業 者というか解雇をしなきゃならぬという状況になっている。

そういう意味では、私どもはやはり、これから日本は、そういう付加価値のつくもの、医療機械であったり薬であったり、そういうものを非常に大きく飛躍的 に発展させなきゃならぬ。そのための、ノーベル賞をもらった山中先生、これを引き金にしながら、追い風にしていく必要があるんじゃないか、こう思うんです ね。

そこで、こういうような記事、この間の産経新聞ですか、経済産業省がiPSの企業参加を促進させていくという記事が出ておりました。もちろん、日本の国 家だけで、いわゆる研究費だけで賄っていくわけじゃありませんから、やはり民間の企業もいろいろ入れたりして、これがあらゆるジャンルから発展していくと いうことが非常に大事だと思うんですね。

その中で、この記事の中で、現在、世界で再生医療機器関連技術の実用化が進むが、日本は法規制などがネックとなって出おくれておる、産業省によると、人 工皮膚など再生医療関連の製品はことし五月末の時点で、韓国が十三製品、アメリカが九製品実用化している、日本はたった一つだと、例でこう言っておるんで すね。

だから、これは結局は、研究はこれから進むかもわからないけれども、実態に即した、それが実用化していくということ、機械だったり薬だったり、それが法 規制という、薬事法とかいろいろと含めて、そういうことがここに書かれてあるんですけれども、ここを、我々もよくわからない世界なんだけれども、一体、厚 生労働省で、もちろん命を守るために治験だとかいろいろなことが大事なんだけれども、どういうことを、我々はここを乗り越えて、イノベーションが発展をし ていく、そういう道筋をどうつけていくのか。

ここは、三井大臣なりあるいは副大臣なり、ひとつ力強い決意なり方向性を教えていただきたい。

櫻井副大臣 まず、前段の医療機械のことについて少し説明させていただきたいと思います。

日本の場合には、リスクをとらずに、診断用の機械だけは発達してまいりました。例えばCTとかMRIがその典型でございます。治療用の医療機械、例えば ペースメーカーなどは、残念ながら日本で開発されてこなかった。これはなぜかというと、相当リスクが高くて、例えば、ペースメーカーがとまって人が亡く なった場合には企業としてのブランドイメージが落ちてしまうものですから、なかなか手を出しにくい面もございました。

アメリカはどうしているかというと、ジョンソン・エンド・ジョンソンなど大きな会社がありますが、基本的には、ベンチャー企業が開発して、そのベン チャー企業が何年か市場で売った上で安全だと確認した場合に、大きな会社が買い取って自社のノウハウを足して新しく売り出してくる、こういうようなシステ ムになってきていて、まだ日本はベンチャー企業を育成するようなファンドがない。

それから、ファンドだけではなくて、ファンドがあったとしても、こういったところに対して投資をすれば実用可能になっていくであろうという目ききがいない、まずこの点が一番大きな問題なのかと思っています。

その次に、治験を行っていく上においてなんですが、アメリカの場合には、無保険者が四千六百万人もおります。そうすると、何でもいいのでとにかく医療に アクセスするためには治験者になりますという方が随分いらっしゃいますが、日本は公的皆保険制度が整備されているので、結果的には、治験者になるよりは、 安全になってから参加していきたいと。それから、医者の数も全然違っておりまして、治験を行ってくる医者の数がまた少ない、こういったことがございます。

それから、最後にPMDAのところでは、結局、薬事法でしたから医療機械の認可をする人たちが本当に少なくて、今一生懸命ふやしている最中ですが、それでも少ない。こういったことがあってなかなか進んでいかなかったという実態がございます。

それから、再生医療に関しては、実際のことを申し上げると、なかなかルールがまだ十分にでき上がっていなかった。

例えば、先ほどTWInsの話がございましたけれども、岡野先生が開発された細胞シートで、本当は、角膜上皮の移植などをやらずに、彼の技術を使ってく ると失明しないで済むような方々もいらっしゃるんですが、残念ながら、これもフランスに行って今治験を行っている、そういう状況です。ここは、先生が御指 摘あったように、規制の問題でして、規制の問題というよりも、あの当時はルールがなかった。

それから、もう一つ再生医療に関して言うと、その細胞シートは岡野先生たちのグループが中心になってやっていて、ほかの先生方が評価できるかというと、 必ずしもそうなってきていない。そうすると、自分でつくって自分で審査するということになると、本当にこれでいいのかということになるわけです。現在、そ れを問題解決するために、PMDAの職員が岡野先生のところに行って勉強するなどして、認可体制を整備させていただいています。

あとは、最終的には、この法律、これは議員立法の動きもございますけれども、薬事法で全体的に見ていくことにしていくのか、それとも新たなる法律をつ くって進めていくようにするのか、これは国会で御議論をいただくことだと思っておりまして、でき得れば、こういった問題は党派を超えて多くの皆さんと議論 をさせていただいて、なるべく早くに推進できるようにしていきたい、そう考えているところでございます。

谷畑委員 もう少し質問をしたいところでありますけれども、もう時間ですので終わりにしていきたいと思います。

最後に、再生医療にしたって医療機械にしたって、これは厚生労働省だけではいかぬ問題があるので、文部科学省なり、そういう意味では、現政権の戦略会議 というんですか、いろいろ含めて、省庁の壁を越えて、そういう中でやはり進んでほしいし、その中で、規制をどこまで取っ払っていくのかということも、ここ もやはり、相当いろいろと綿密にお互いの専門家同士が協議しながら進めていかなきゃいかぬと思って、これには相当な力が要ると思います。今副大臣おっ しゃったように、これは超党派議員も含めて、大きな力でそれを進めていく必要があるんじゃないか。

聞きますと、坂口先生だとか鴨下先生だとか、そういう再生医療の議連というものを立ち上げたということでもありますし、ぜひそこらは、最後に、大臣なり 副大臣なり、垣根を越えた全体的な状況でどう推し進められるか、規制をどう突破していくか、そこらの点も含めて最後にお聞きをして終わりにします。ありが とうございました。

三井国務大臣 大変貴重な御意見、ありがとうございました。

私どもとしましては、今櫻井副大臣からもお話がございましたけれども、医療イノベーションは、まさに政府が一体になって取り組む問題だと思っております し、また、我々医療を担当する厚生労働省といたしましても、最先端の医療の実現に向けて、目指しまして、しっかりと積極的に取り組んでまいりたい、こうい うぐあいに思っております。

ありがとうございました。

谷畑委員 終わります。ありがとうございました。